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横浜地方裁判所 昭和44年(ワ)1306号 判決 1972年9月25日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一、一三八、九六〇円およびこれに対する昭和四四年七月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  原告は、自動車運転者として自動車付きで訴外遠藤工務店に勤務しているものであり、被告は、建築請負材木販売を業とする会社で、訴外亡樋口洋人(亡樋口という)を使用していたものである。

二  原告は、昭和四三年一一月一四日午後七時四五分頃、横浜市港北区長津田町七〇番地先国道(二四六号)上を、原告所有の小型貨物ジユピター(登録番号横浜一さ八、四一三、原告車という)を運転して厚木方面から東京方面に向つて進行していたところ、被告会社に雇われ、業務用小型貨物カローラバン(登録番号、横四ぬ四三二、被告車という)を運転し、前記道路上を東京方面から厚木方面に向つて進行していた亡樋口が、飲酒して時速一〇〇粁以上の速度でセンターラインを超えて進入したため原告車と衝突し、亡樋口は死亡し、原告は治療約二ケ月を要する頸椎捻挫、右下腿挫傷、右前腕挫傷の傷害を受けた。

三  本件交通事故は、亡樋口の速度違反、飲酒運転、通行区分違反、前方注視義務違反による一方的過失によつて惹起されたものである。亡樋口は、前記被告車に測量具を積んで、被告会社の営業現場から被告会社に帰る途中本件交通事故を惹起したものであるから、被告会社は、その業務執行中の事故として民法第七一五条による使用者としての責に任じなければならない。又、亡樋口が被告車を月賦購入したもの(所有権は神奈川自動車センター株式会社に留保中)としても、亡樋口は、被告会社の業務執行のため被告車を運行の用に供していたのであるから、被告会社もこれに対し運行支配を有し、かつ、運行利益を享受していたものというべきである。従つて、被告会社は自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条による責任を負担しなければならない。

四  損害

1  車両修理代 金四一〇、一六〇円

原告は、原告車の修理代として金四一〇、一六〇円を要した。

2  休業損 金三二八、八〇〇円

原告は、訴外遠藤工務店から一日金六、四〇〇円の割合による金員の支給を受けているものであるが、本件交通事故によつて昭和四三年一一月一五日から同四四年一月二〇日まで六七日間休業せざるを得なかつた。これによる損害は合計金三二八、八〇〇円である。

3  慰藉料 金四〇〇、〇〇〇円

原告は、本件交通事故による傷害により、昭和四三年一一月一四日から同月一六日まで長津田厚生総合病院に通院治療を受けたが、頸椎捻挫、創部腫脹により頭痛、頸部しびれ感、創部の疼痛著るしく、同年一二月二日池上病院に入院し、同年一二月一七日退院、その後同年一二月三〇日まで通院治療を続けたものであるが、これが精神的打撃は甚大である。よつてこれが慰藉料は金四〇〇、〇〇〇円を降らないものである。

三  よつて、原告は被告に対し合計金一、一三八、九六〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年七月三〇日から支払ずみに至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、被告が原告主張のとおりの会社で亡樋口を使用していたこと、亡樋口が昭和四三年一一月一四日午後七時四五分頃交通事故によつて死亡したことは認めるがその余の事実はすべてこれを争う。被告車は、亡樋口の所有に属するものである。そして亡樋口は、被告車を通退勤と私用にのみ使用し、被告会社の事業のためにこれを使用したことはなかつた。本件交通事故は、亡樋口が退勤したのち、東京方面に私用を足しに行つた帰り途惹起したものである。よつて、被告会社には何等の責任もないと述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  被告会社が建築請負、材木販売を業とする会社で亡樋口を使用していたことは当事者間に争いがない。

二  先ず、被告の運行供用者でない旨の抗弁について検討する。

〔証拠略〕によると、

1  亡樋口は昭和四三年一一月一四日の本件交通事故が発生した一ケ月前頃被告車を購入したこと。

2  亡樋口は、被告会社において土木工事現場監督の仕事をしていた関係上、被告会社はその所有する乗用車(カローラ、横浜5、七〇三、カローラという)を亡樋口の仕事の専用に提供しこれを使用させていた。

3  被告会社は、土木建築の資材や用具を運搬するについては別に、トラツクを用意しており、これを乗用車に積込んで運搬する必要はなかつた。

4  被告会社は、その営業方針として従業員の車両を仕事に使用しないこととしていた。

5  被告会社は、亡樋口が被告車を購入する以前から運転手当をこれに支給していたが、これはカローラを運転するについての手当であつて、被告車の運転に対するものではないこと。

6  被告会社は、亡樋口に対して昭和四三年九月分までは通勤手当として毎月金一、三五〇円を支給していたが、同年一〇月分以降の支給はしていない。これは、亡樋口が被告車で通勤するようになつたため、被告会社がその通勤用のガソリン代を通勤手当に代えて負担することにしたためであつて、被告車を使用して仕事に行くことを是認し、これがガソリン代迄も負担したものではないこと。

7  亡樋口は、被告車で会社に出勤すると、会社の駐車場に被告車を入れて鍵をかけ、カローラに乗りかえて現場に赴いていたこと。

8  被告会社の勤務時間は午前八時から午後五時三〇分までであつて、午後五時三〇分をすぎると、事務所は閉鎖され従業員は皆んな帰宅して誰もいなくなること、被告会社の訴外板東がカローラを通勤に使用することになつていたので、亡樋口は午後五時三〇分までにカローラを被告会社に返還しなければならず、これを返還するため午後四時三〇分から同五時三〇分までの間に被告会社に帰つていたこと。しかしながら、亡樋口が、これがため現場での仕事や仕事の打合せなどに支障を来し事務用として被告車を購入したものとは認められないこと。

が認められ、右認定に反する証人宮瀬美智子、同田中忠雄、同小倉照子の各証言及び原告人本尋問の結果は信用できないし、これを覆えすに足る証拠もない。右認定事実によると、亡樋口はその所有する被告車を通退勤と私用のみに使用し、被告会社の業務には使用していなかつたものであるから、被告会社は運行支配も運行利益も有していなかつたものと言うべきである。そうすると、被告会社は自賠法第三条にいう運行供用者責任を負担する理由はない。

三  原告は、本件交通事故は被告会社の業務執行中惹起したものであると主張するが、これを立証するに足る証拠はない。却つて、証人加藤武男、同田中和美、同宮瀬美智子の各証言と同小林新一本人尋問の結果とによると、亡樋口は後述の東京渋谷の東急建設へ打合わせに行くときは、頼めばいつも妻の美智子を被告車に同乗させていたのに、本件交通事故の発生した当日は、妻の美智于が頼んでも、橋梁の測量に行くから同乗させることはできないと言つて家を出たこと、亡樋口は、同日午後五時三〇分か四〇分頃、被告車を運転して被告会社から帰る途中、訴外田中和美の経営するガソリンスタンドに立寄り給油して、被告会社の支払いでなく、個人として現金で代価を支払つて立去つたこと、本件交通事故発生当時、亡樋口が監督していた仕事の現場は、青葉台の住宅地で前記東急建設が測量と宅地造成を行い、被告会社が石積みの仕事を下請けしていたもので、測量の必要はなかつたこと、本件交通事故の発生当時被告車には白と赤のボールが積んであつたが、これは被告会社の所有するものでないことが認められるので、亡樋口は退社後給油して、私用のため被告車を運行中本件交通事故を惹起したものと言うべきである。従つて、被告会社は、民法第七一五条による使用者責任を負担する理由もない。

四  そうすると、爾余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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